母の死

 

最愛の母が今日 旅立ちました。

 

享年76才。

 

いつも朗らかで、母の周りには人がいっぱい集まって来て

我が家はいつも喫茶店のようでした。

「◯◯さん。野菜あげるわ。あんたもお茶飲んでいきゃー。遠慮しんでもいいわー。お金とれせんで。」

 

家の前を通った人にまで声をかけて、いつもお茶とお菓子をふるまっている母でした。

 

3日前に突然連絡があって肺炎にかかり入院。

本当はもっと前から一人で苦しんでいたようだ。

 

仕事仕事って私は母が一人でこんなに苦しんでいた事にも気が付かなかった。

入院して母に付添った私は、口には出さないものの 既に母が死を覚悟している事を感じた。

昨夜、母は私に自分がはめていた指輪を預かってくれと渡した。

そして、「あんたは仕事しないかんのに、何回も来てくれんでいいよ。ありがとう。ありがとう。」

肺が炎症をおこして 息を吸う事もままならないのに、何度も何度も「ありがとう」と。

 

「何言ってるの。好きで来てるんだから、そんな事言わんといて。又明日来るから。」

そういって別れた次の朝、突然容態が悪くなり、母の命はもう30分ももつかどうかという連絡がきた。

 

胸が締め付けられて、恐ろしさと悲しみと何とも言えない感情で病院へ向かった。

 

大阪で暮らしている娘に急いで戻る様に連絡した。

 

母は相当な苦しみに耐えながら、私の娘を待ってくれた。

 

あんなに苦しそうにして息をする事が出来ない母の最後に言った言葉は

「(私の娘)○○ちゃん。ありがとね。ありがとね。」そういって私の娘の頭をなでた。

 

頭を少し持ち上げて娘の頭をなでる力がどこに残っていたんだろう。

 

娘が来るのを待ってわずか1時間後、母はもう思い残す事は無いといった表情をして息をひきとりました。

 

 

母は凄い人だ。

なんて私は未熟者かと思い知らされた。

 

こんなに大きな無償の愛をくれる人は旅立っていってしまった。

 

もっともっと親孝行できたのに。

もっともっと早く顔を見にいけばよかった。

もっともっと一緒にいればよかった。

 

後悔の念で押しつぶされそうになる。

 

父が死んだ時、父の仕事を私が引き継がなければ。

ちゃんと喪主を努めなければと母を守らねばと。

私がしっかりしなければと気をひきしめた。

 

今度はあの時と感情が違う。

同じ喪主を努めるけれど、父の時より凹んでる。

甘える事が出来る人がいなくなったんだなって気づいてしまったんだね。

 

「お母さん」と呼べる人がいるときの「お母さん」という響きと違って

「お母さん」と呼べなくなった時の「お母さん」の言葉はあまりにも淋しい。

 

忘れてた。

今この瞬間を後悔しないように大切にするはずだった。

 

偉大な母の愛は、これから私が他の人にしていく事なんだと教えてくれた。

母は最後まで背中を見せてくれた。

 

「お母さん。今まで本当にありがとう。私はお母さんの子供で本当に幸せだったよ。」

 

生前、母と仲良くしてくださった皆様、母は皆様と一緒に笑い合えた事をとても感謝していました。

大変お世話になりました。本当にありがとうございました。

 

 

 

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  • 2018/10/22 18:36
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